泣く

大きな大きな声をあげて

お前は泣く

何を尋ねても 首を振るばかりで

わんわんと泣き続ける

大好きなおもちゃも

好物のお菓子を差し出しても

一向に泣き止まない

時間はどんどん迫ってきて

おかあさん 仕事に行かなくちゃならないのよ

そう言って抱きしめても

お前は手足をばたつかせ

両の目からどこまでも透き通った涙が

尽きることなくこぼれていく

結局一緒になって

二人で泣いた

わんわん泣いた

私は今のまま くだびれたおばさんなのに
あの子はまだ小学校へ上がったばかりのような幼い子供だった

目が覚めたら 本当に泣いていた

女として

私達は生まれ

育ち

恋をして

つがい

また産む

何千年も前からその繰り返し

たったそれだけのことなのに

後から後から理由をつけて

初めにはなかった意味付けをして

今や全く複雑な

こんがらがった毛糸のようだ

世間様の言うことなんて

あっちとこっちに振り子が揺れるように無責任

私はただ

男で楽をするつもりもなければ

男で苦労するつもりもない

それだけだ


約束


約束を守ることだけが

大事なことじゃないのよね

そりゃあ守るに越したことはないけれど

何かあなたにお願いした時

その時に

それを叶えてやろうって

そう思っていたんだなって

指切りしたりもいいかもね

だって明日はどうなることか

順当にやってくるのかさえ分からないのに

守るか守らないかより

約束だよという声が

大事なこともあるのよね

水を下さい

水、というものは

上から下へと流れます

あなたが喉が渇いたとして

上から下へと水が流れていたなら

上を向いて 大きく口を開ければいいのです

もういらないと思ったのなら

口を閉じるなり 水のかからない所へ避難して下さい

けれども水が横にしかなかったなら

少々工夫が必要です

何せ水は形を成しません

誰かにあげる時も同じです

何がしかの容れ物やホースみたいに

遠くへ飛ばせるものが必要です

その人がどれだけ水が欲しいかも大切なことです

コップ一杯で十分なのに バケツいっぱいの水を浴びせては

ただのいやがらせになってしまいます

体ごとびしょ濡れにしてほしいのに

お猪口一杯だとしたら 悲しみしか残りません

水自体に罪はありません

どれだけの水を どのようにあげるか

それがとても難しいのです

もしあなたのとなりにいる人が

水を頂戴と言ったなら

どれだけの水を どのようにあげるか

十分注意しましょう

けれど 決して出し惜しみしてはいけません

そんなことをしては

あなたの泉もいつか枯れてしまうでしょう


時々はっとするほど


時々はっとするほど

君の肩が逞しく広くなっていて

嬉しいような切ないような気がします


時々はっとするほど

君の腕の筋が太くなっていて

まるで初めて若い男を見たような驚きを覚えます


時々はっとするほど

君の眉毛や横顔が 君の父親に似てくるので

辛いような寂しいような気がします


この人とはこれ以上居られない
そう思った人と
私が生み育てた唯一のものが
ずんずん似てくるという事は

忘れるなよ
お前のした事を
風に乗って生きてきたような
呑気な風情で歩くなよと

時間が言っている気がします


親であれ子であれ

なんの事はない

ただくたびれただけなのだ

少しだけ背負わされた役割を果たすだけなのに

見えないくらいの微さで 積もった塵が重くなり

横になりたかっただけ

親であれひしゃげる時はあるものだ

なんの事はない

腹が減ったから いつもの様に催促をしただけなのに

虫の居所でも悪いのか

今日はわめいて作らぬという

子であれ一個の人間だ

確かに何もしはせぬが

不当に当たられたくはない

下り坂の魂と上り坂の魂はお互い頑固で譲らない

親子と言えど もう遠い

15の心は掴めない

結局作った夕飯はあっと言う間に無くなった

キムくんのこと

ほんの2週間ほど アメリカへ行ったことがある
17歳だった

大勢で行って なんだかざわざわした思い出しかないけれど

あちらの学校の子供達と一緒に授業をうけたりもして
そこはやはり若者同士 国が違えど人種が違えど似た様なドーパミンがすぐ出るのだ
微熱みたいな空気が充満する
あっちこっちで拙い英語を喋るもの
何とか聞き取ろうとするものでごった返していた

そんな中キムくんだけはすっとしていた
冷めてる訳ではないけれど 静かな湖みたいな男の子だった
アメリカへ来たばかりと言っていたけれど 英語はスラスラ話せていた

与えられた課題をキムくんと解くうちに私は彼をずいぶん前から知ってる様に思っていた
英語を使って会話をしたのに普段の日本語よりも大層分かりやすかった
言葉が発せられる前にキムくんの言わんとする処が分かる様だった

賑やかな雰囲気の中でキムくんと私はまるで初老の夫婦の様で
恋心の様な華やぎは無かったが 確かな理解がそこにはあった

今でも時々思い出すのです
キムくんはまだアメリカにいるのかな
それとも故郷の国へ帰ったのかな
お父さんになったかな
元気でいてくれたらいいな
私の事なんかもう忘れたろうな
たった数時間だけなのに
ふっと誰かの心に触れてしまったら
一生穏やかに覚えているものなんだろう
キムくん 元気かな 元気でいるといいな

しぶき


母さんといると 僕はいつものように
ぐっしょり濡れる


母さんが出す 色んな温度の愛のしぶきで
服も体もぐっしょり濡れる


昔はそれが心地良かったんだ
でもいつしか僕は そのしぶきの中に
少しの毒が含まれているのに気がついた

喉が渇いている時は 少しの毒があったって
人は水を飲んでしまうだろ

だけどそろそろ行かなくちゃ

母さんのしぶきがかからない所へ

濡れた服をかわかすような
風にあたりに行かなくちゃ

毒が体中に回らないうちに
風にあたりに行かなくちゃ


イメージ

大きな大きなキャンバスに

バケツいっぱいの赤いペンキと
バケツいっぱいの黒いペンキを
目一杯の力でぶちまける

それから大きな刷毛を使って
滴り落ちる二色のペンキで
下から上へ素早く螺旋を描き出す

仕上げは太めの長い筆で
一筋の白を下から上へと走らせる

生命と闇と光と螺旋

時間と世界と宇宙の全てを

ああ 私が画家だったなら
うまいことそれを描くのに

私はただの人なんだ
停滞した ただの人なんだ

出来ることと言ったなら
こうして煙草をふかすだけなんだ

変わらない

一千年前も 一千年後も
女が犯されることに変わりはないだろう

一千年前も 一千年後も
女が生命を生み出すことに変わりはないだろう

明と暗の両極を 一つの体に抱えて女は生きていく

生命の鎖を右の足首に引きずりながら

ふと見ると 女の前にも後ろにも
鎖に繋がれた女が連なる

延々と 延々と
重たい鎖を引きずりながら 過去にも未来にも
女が続いていく

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