「沼」と言われる国

  • 2017.01.28 Saturday
  • 22:41
映画「沈黙」を見る。
原作は恐らくだけど、10代の頃に読んだ。篠田正浩監督の撮った方の沈黙も子供の頃に見た。
母が遠藤周作の本が好きだったし、一時若かった頃に洗礼を受けるべきか否か迷った様で、遠藤周作の描く物語の中にどこか自分と似た様な感覚を覚えている様だった。
海と毒薬も深い河も、今思えば人生の何たるかも分からぬうちに身近な物として読んでいた。
日本人である篠田正浩監督の「沈黙」とアメリカ人でご自身も神学を学んだと言うマーティン・スコセッシ監督の「沈黙」。
撮る人の視点が何処にあるのか、遠藤周作の「沈黙」を右と左から見た様だった。
以下、本編に触れる為追記。






時代のせいなのか、スコセッシ監督の感覚なのかは分からない。もしくは私が篠田正浩版「沈黙」を見た時幼かったせいだろうか。
もっと重苦しく残酷な表現があったと記憶している。
スコセッシ版「沈黙」は恐らくではあるが、拷問と言うショッキングなシーンに全ての視点が向かわない様にかなり配慮している様に見えた。
それは今と言う時代に合わせたものなのか、映画の本質がそこには無いとした為か。

宗教、と言うものが日本には本来の意味で根付いていない。
仏教だって初めは異教であったし、神道と言うものが個人的には一番日本人の性質にはあっている様に感じる。
キリスト教にしろイスラム教にしろ、一神教と言うものは己の側が唯一の正義であり他の宗教は認められない邪教と定められる。
リーアム・ニーソン演じるフェレイラが「この国では自然の中にしか神を見出せない」と言う。
他の人はともかく、私にはとても頷けるものがあった。
人は人だ。それがどんな人であろうと。肌の色がどうであれ、ノーベル賞を受賞した人であれ、何もしない役立たずであれ、金持ちであれ、貧乏であれ、人は人なのだ。
それよりも私達人間よりも以前から存在し続けるものに対し、本能的に畏怖の念を持ってしまう所がある。
アニミズムの方が私には受け入れやすい。

キリスト教を生み出した国は砂漠の国だ。
私たちの湿潤な国、気を付けなければすぐにどこでもカビが生える様な湿度まみれの国。
イッセー尾形演じる筑後守井上は「この国は沼だ」「どんな根も根付く事がない」と言う。
「お前たちの伝えたデウスは既に奇妙なものに形を変えた」とも。
恐らく遠藤周作は信仰とは何か、を念頭に置いてこの国におけるクリスチャンの在り方を描いたのであろうが、この言葉は出版されてから既に50年過ぎた今になってもこの国の有り様を的確に表していると感じてしまった。

かつて安保闘争の頃、右にも左にもならない人の事をノンポリと称したと言う。
私はこの国のほとんどの人が未だ「沼」の中でノンポリとして生きている様に見える。
それは悪い事ばかりでは無い。
日本が世界に誇る治安はこの沼のせいと言ってもいいと思う。
今この時がただ穏便に過ぎる事が一番大切で、それが真理であろうと真実であろうと今この瞬間の平和の為に、幾ばくかの人間の悲痛な叫びにみんなで蓋をしてしまう。
だからこそ、ただ一つの神を信じさせるキリスト教は当時の政府に取って邪魔であっただろう。
揺るぎない信念を持ってしまったら、人は容易に扇動されたりはしないからだ。

スパイダーマン俳優のアンドリュー・ガーフィールド演じる主人公のロドリゴと、彼を何度となく裏切る窪塚洋介演じるキチジローは表裏一体の様に描かれていた。
ロドリゴが行いたくても行えない様な卑怯な行為を行い、それでも神に許しを請い続けるキチジローはまるでロドリゴの分身の様だった。
最終的に棄教せざるを得なかったロドリゴは側にキチジローを置いた。
あれだけ自分を裏切ったキチジローに「一緒に居てくれてありがとう」と伝える。
誰でなきゃいけないなんて、やっぱりすごく贅沢な事なんだよね。
恵まれているから、そんな事を思うんだろう。

篠田版の映画では隠れキリシタンの百姓として岩下志麻さんが出て居て、夫を拷問で殺されてしまうけれど、後に棄教したロドリゴの妻となったが、この部分は篠田版の創作だ。
スコセッシ版は百姓の女性(小松奈々さん)は出てくるが、海に沈められて死んでしまう。
妻となるのは江戸で死刑にされた男の名を貰う時、ついでの様にその男の妻と子供を譲り受けるのだ。(フェレイラの時と同じ様に。)
同じ日本人である篠田監督が(まあ岩下志麻さん絡みだからしょうがないけど(笑))原作を変えて、アメリカ人のスコセッシ監督が原作に忠実と言う所が面白いなと思った。

でも子供心に泥まみれで拷問を受けて居た岩下志麻さんが、ロドリゴの妻となった後屋敷でロドリゴに怒りに任せて抱かれるラストシーン、白粉を塗って綺麗な着物を着ていて、はだけた肌がまた白くて、その対比が美しいなぁと思ったんだよなぁ。
ちょっと小説の「沈黙」とはズレがあるかもしれないけど、ある意味岩下志麻さんの美しさもこの国の沼的なものが感じられなくも無い。
ああ言う凄みのある女優さん、いなくなりましたねぇ…。
沼には何も根付かず、か。

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  • 2017.08.15 Tuesday
  • 22:41
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