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    ゴミと生きる

    • 2018.06.30 Saturday
    • 18:01
    毎日毎日暮らすだけで、片付けても片付けてもゴミは生まれる。
    生きると言う事はゴミを産む事だと言っても過言ではない。
    生ゴミ、紙ゴミ、プラスチック、果ては家電や家具など、消費社会において生まれる最大の資源はゴミだと思わざるを得ない。

    今週、偏頭痛がひどくなり一日仕事を休んだ。
    仕事はいい。私が休んでも代わりに働く人がいる。
    でも家事は違う。
    一日休んだだけで、ゴミが溜まる。洗濯物が溜まる。洗い物が溜まる。
    たった一日で汚れが増える。

    言っても私は決して綺麗好きですとは言えない。
    いや、綺麗な部屋には住みたいのだけど、息子が小学生に上がったくらいからこっちが片付けるペースより、やつの汚しスキルの方が右肩上がりになってしまった。
    たった2人しか住んでないのに、どなたも家には呼べない有様。
    しかもここ数年は私の疲労度も年々上がり、なかなか大片付けに取り掛かるバイタリティが不足していて、全く悪循環である。

    それでも生ゴミだけは溜めないように、洗い物だけは溜めないようにと気をつけてはいるが、たった一日なのに、なんでやろうとつい思う。

    食べたり飲んだりする度に、ゴミは増える。
    捨てても捨てても増えていく。
    この社会の中で生きる、という事が少し虚しくなる瞬間。

    でももう人間は野生には戻れないのであって。
    なるたけゴミを出さないようにするしかないけれど、既存の社会構造で経済活動を続ける以上決して減る事は無いだろう。

    パン屋さんで焼きたてのパンを自分の家から持参したバスケットに入れて帰ったり、肉屋さんや魚屋さんに持参したタッパーに詰めてもらったりしない限り、パック詰された商品を家に持ち帰るしかない。
    でもそうするには色んなお店がやっている時間に買いに行けなくてはいけない。
    皆が皆、朝から晩まで働いている世の中では到底無理だ。
    深夜まで開いているスーパーや、コンビニはとても有り難いのも事実だし。

    何のために生きているのかという所まで来てしまう。
    もう少し自然に、生きる事は出来ないものか。
    本当にここまで必要なのか。
    卵のパックと肉のパックをゴミ袋に入れながら、抵抗できない流れの中で生きる事しか人にはできない時もあるのだよ、と自分に言い聞かせる。

    間違えて生きているわけではない、と思いたいだけだけど。

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