日々雑感

始まったと思ったらもう月末になりそうな2017年1月。
今年もよろしくお願いします。

年明け一発目の記事があんまり良い話題ではないのだけど、ちょっと引っかかったのでなんとなく。

ヤフーやらLINEのニュースやらで出てしまったけれど、ONE OK ROCKのTakaさんのインスタ発言。
とりあえずインスタのアカウントは持っていて(一切投稿はしていないけど。見る専用。)、彼のアカウントもフォローしていたからニュースになる前に見ていたけれども。
率直に言うなれば「やっちゃったな」と思った(笑)

内容としてはアメリカのツアー先にまで付いて来る一部の過激なファンへの苦言なのだけれど、そこについてはいくら有名人とは言え四六時中見張られてるように付きまとわれては精神的に参るだろう。
あまりの酷さに本音を漏らしたくなる気持ちもわかるし、何より人としてのマナーを守れないファンが一番悪いと思う。
そこは良いのだけど。

私が個人的に引っかかったのは、何のために海外でツアーを回るのか、その意味をもう少し考えて欲しい、会えるからと来る場所ではない、と言うような文章があったからだ。

正直に言わせてもらうと、彼はファンと言う存在に何を期待してるのか?と思ってしまった。

ファンと一口に言ったって良識のある奴もいれば、今回苦言を呈されたようなキ◯ガイじみた人も居る。
一日中ワンオクの事を考えてるような奴もいれば、都合があえばライブに行く程度のファンもいる。
その多種多様なファンに何でワンオクが海外でライブをするのか、その意味を考えてくれ?
それはちょっと甘えじゃ無いかなと。
彼らの夢は彼らの夢だ。
誰に邪魔立てされる事なく、やりたいように叶えたら良いと思う。
その結果が爽快で素晴らしいものであれば単純に見ていて嬉しいだろう。
でもそれをただ見ているに過ぎない他者に説明もせず理解しろと言うのはどうかな?
ワンオクがワールドクラスのバンドになりたいと頑張ってきた事は、ちょいちょいしか覗いてない私でも分かります。
でもその叶え方、方法論までは申し訳ないがエスパーではないので、メンバー皆さんの頭の中までは分からない。

今回の事で察するに今はアメリカで現地の人に聞いてもらって現地のファンを増やしたい、できるだけ多くの現地の人に知って欲しい。
その為には既に大ファンである日本人の君達はちょっと下がっててよ、と言う事だと思う。
その気持ちは良いも悪いも無いし、彼らの選択であるから別に批難する程のことじゃ無い。
要はそれを言わずに分かれと言う姿勢が、私個人としては如何なものかなと思う。

言わなくても分かるだろ、なんて言うのはどんな関係にある人に対しても甘えが過ぎると思う。
ましてや一バンド対多数のファンと言う関係ならば、尚更説明した方が良かったと思う。
日本でのライブの際にでも「今度のアメリカのツアーは出来るだけ多くの現地の人に聞いて欲しいから、日本の方は遠慮して欲しい」とでも言えば良かった話じゃないかと思う。

ルールを作りたくないとかも書いていたけど、あれだけ大多数のファンがいるんだから(笑)。
良識だけで済む範囲は越えてると思う。

私のように気まぐれにワンオクも居たな、なんて思い出す位のファンとも呼べない人間に比べたら、その毎回アメリカツアーで最前列を陣取ってしまうファンの人達の貢献度たるや(笑)
それだけワンオクに魅せられてると言う事だし、そう言ったキ◯ガイレベルのファンが付いてこそ一人前のロックバンドでは無いのかい、と思っちゃう私は古いんですかねぇ。

あっさりとしたファンだけが良い、でも日本でのライブは当たり前に超満員てのは成り立たないと思うよ。

そりゃ何の許可もなく写真撮られりゃムカつくだろうし、ステージ出てったらまたお前らかよ…てな気持ちも良く分かるよ。
でもそれがワンオクの皆さんの生業なんだよ。
ロックバンドなんて言うのはものすごく高い理想と下卑た現実を両方手にして立ってなきゃいけないもんだと、私は思うよ。
そのどっちか一つ欠けたら、途端につまんないバンドになっちゃう。

これからもっとワールドクラスのバンドになって行く為に進むんだろうから、もっと強烈なファンが外国人の方でも出てくると思うけど、ワールドクラスのキ◯ガイも受け流せるようになるとかっこいいよね。
今日もいい天気だな、空が青いな、いつものキ◯ガイきてるなぁ、みたいに。

今のアメリカで熱狂的なファンを獲得するのは色々と状況的にキツいものもあるだろうけど。
(それと正直最新アルバムは…こう言うのがやりたかったんだね、と言う感想しか出なかったけど)
頑張ってね、若者よ。


また明日を待ってる

さっきJAMを聴き終えた。

THE YELLOW MONKEY初めての紅白。
メンバー達はずっと出たかったらしいが、一ファンとしては解散前も復活後もどっちでも良かった。
出演すると決まって、曲目がJAMと知った時も一番知名度の高い曲だからだろうと思っていた。

久しぶりに紅白を楽しみに迎えたけれど、何かしらバタつく年末。
お蕎麦を食べ終えてそろそろかなとテレビの前につく。
珍しく4人とも全身黒ずくめ。
真っ白スーツでも着るのかしらんと思っていたし、最近のキンキラ衣装に見慣れていたのでだいぶシックにまとめたな、と思っていた。

始まる前にヒーセが上を向いている姿が印象的だった。 曲の初めは少し緊張してるかなと思った。
主に吉井さん。
他の3人はあまり緊張が表に現れにくいけれど、吉井さんの楽器は生身だから、なんとなく。
でも2コーラス目からはなんだかグイグイ引っ張られるように画面から目が離せなかった。
最近のライブでも何度も聴いているのに、今日のJAMはなんだか凄かったのである。

ちょっとぼーっとして、それから年末のバタつきでチェックしていなかった吉井さんのメッセージを読んだ。
中原さん。
そうだったんだ。
何度となく吉井さんの口からも聞いていた中原さんのこと。
だから黒だったんだ。
だからあんなに引き込まれたんだ、さっきのJAMは中原さんの為だったから。
気がつくとスマホの文字が滲んでいた。
中原さんとメンバーとの関係性、その本当の所なんて私なんかに分かるわけはないのだが。
それでもなんか、中原さんが遺したもの、その意思や思い出なんかを失わずに今も彼らの中に生きているのだなと、そう思うと生きるって言うことはなんて切ないんだろうと思う。

何度も聴いたJAMの中で今日のJAMが一番胸に来ました、私には。

それはきっと解散してごめんねのJAMでもなく、また愛してくれてありがとうのJAMでもなく、みんな愛してますのJAMでもなく、中原さんの為のJAMだったからだ。

初の紅白の場を中原さんの為に捧げたTHE YELLOW MONKEYと言う人たちが、私はやっぱり好きだ。


こんな夜は会いたくて 会いたくて 会いたくて
君に会いたくて 君に会いたくて
また明日を待ってる




追記

先ほど紅白後のCDJで吉井さんの声が突然出なくなったと知る。
なんてタイミングだよ。
あなたの身体はこの世でたった一つの大切な楽器なんだから。
二度と作ることのできない楽器なんだから。
この一年本当にお疲れ様でした。
しばらくきちんと喉を休めて下さい。
きっとメンタルも関係していると思います。
ずっとこの一年吉井さん初め、他のメンバーも気を張ったままだっただろうから。
そろそろおじさんバンドのペースに戻して下さい。
まだまだあなた達の音楽は必要です。

いつの日かの情熱

今日の全日本フィギュアを見ていて、宇野選手の涙でつい2007年の世界選手権、フリー直後の高橋大輔を思い出した。
高橋大輔の方が手放しの号泣だったけど(笑)

それからつい、またどこかでこんな選手がいてくれないかと思ってしまった。


2010 JPN フリー


こんな風に痺れる演技をまた見たいなあ…








みんな違ってみんな良い?

自分への誕生日プレゼントとして舞台「大パルコ人 サンバイザー兄弟」を見て来た。
中々面白そうな舞台が仙台へ来てくれる事は少ないし、クドカンの舞台だし、年納めに笑いたかったので。
増子さんは本当に歌が上手いなぁ、当たり前だけど。瑛太くんも俳優さんなのにいい声をされていた。
まあでも何よりも皆川猿時さんに全て持っていかれたけど。仙台さんの話、忘れません(笑)


クリスマスオンアイス2016ようやく見られました。
まあもう前情報ですごいすごいと言う事はチラチラ検索して知ってしまってはいたので。

毎回後悔してしまうのだけど、もうほんとの事を言うと、高橋大輔の生演技は喉から手が出るほど見たい。
もちろんアイスショーのチケットが高額な事や日程的に難しい事、交通費や宿泊費なども考えるとおいそれとは行きづらいと言う事も、なかなか見に行けない要因ではある。
でもそれを差し置いてもそのショー自体が魅力的であれば、他の何かを我慢しも行くだろう。

スケートそのものに対して私の造詣が深くないからかもしれない。
でも私はやっぱり何かを人に見せるなら始まりから終わりまで、流れがあって欲しいらしい。
美しいスケーターが美しい衣装で優雅に滑るのはきっと、目に幸福であろうとは思うけれど。
でもせっかく3時間位あるのかな、その時間おのおののスケーターが自分のプログラムだけで見せるよりも、組み合わせて膨らませたならもっと何か広い世界が見えるように思ってしまって。
もったいないなぁと思う。

…まあその思いを差し置いても、今回は行きたかったなぁ…。
だってあのコラボは生でと言うか、空間として見ないと!全貌が本当には分からないやつですよねぇ…。

みんな違ってみんな良い、などと言いますが、今ってその解釈があまりにずさんな気がしていて。
人間の存在そのものは個々の違いは予め認められ尊重されるものだけど、表現や伝統芸能、伝統工芸などの世界においてはあり得ないと思っている。
身体表現はどうしてもその個人の体で行うから、作品もその個人も混同しがちだし、またまるっきり切り離す事も不可能なので線引きは見る方が己の目によって行わなくてはいけない。
稚拙なものと熟練者のそれを一つに括って「みんな良い」などと言うのは、どの分野でもいい加減やめて欲しい。

ステファン・ランビエール氏と高橋大輔は、まさにその違った良さが溶け合う訳でもなくぶつかり合うでもなく、正しく等しい重さ、等しい存在感で氷の上にあった。
今まで高橋大輔のコラボではあまり感じなかった事だ。
割とこれまで私が見た事のあるコラボだと、技術的には分からないが表現的にはあくまで相手に沿うと言うか、いつもの音楽に沿う感じを相手のスケーターの方に対してするように見えた。
あのAnthemの最中、ランビエール氏は自由だった。新緑の頃に吹く風の様な、手触りは優しいが捉えどころのない風。
でも高橋大輔はいつものコラボの様にランビエール氏に沿う感じはなかった。
「真摯」と言う概念が形を成したなら、ああ言う形なのだろうと思えるような一途さみたいなものを覚えた。
なんと言うか、二人の質はそれぞれ違うのに、違うと言う事は明確に分かるのにでも似ているような。
同じ種から全く違う花が咲いたかのような。
同等の存在感でもって、でも無駄な主張や誇張はせずに、それぞれがそれぞれの美しさを求めている。
それが何より美しいと思わせてもらった。

ふいに向かい合う時の二人の動きの柔らかさ。
あの間に入れてもらったら何か痛いところ治るんじゃないか、みたいなα波の様なマイナスイオンかヒノキチオールか出てませんか?と尋ねたくなる様な空気感がね。
ああこの人達は本当にお互いの存在を大事に思っているのだな、と全く関係の無い私ですら感じた。

ふとコラボナンバーが終わってからの二人のインタビューを見てて、あぁそうか、二人はこんなに身長差があるんだよねと改めて思った。
演技の最中は全く気にならなかったから。
氷の上での高橋大輔と言う人の大きさは実寸では計れない何かが出ているんだろう。

またランビエール氏がインタビューでとても嬉しそうだったのも、微笑ましかった。
彼の様な人は絶対に縛ったり縛られたりしてはいけない。
西風のゼピュロスの様にどこまでも自由に風を運んで欲しい。

ソロナンバーの時、3サルコウがあんまりにふわっとしてて、ジャンプって言うよりも本当に羽根が生えて飛んだようなエアー感で。
だからこそジャンプだけが特別にならず、プログラムが一つの世界になるんだろうなと。
やっぱり美しいものにはそれ相応の技術が必要なんですよね。


雑草ではない

録画しておいたSWITCHの井上芳雄氏と高橋大輔の対談を、やっと見る。

いやー、まず一人で何気にツボに入ってしまった、高橋大輔の言い間違えシリーズ。
正→予防線
誤→防波堤
思わず笑ってしまった。なかなかに味わい深い言い間違えです(笑)

井上さんの物腰がソフトで落ち着いているせいか、普段のインタビューや対談よりも素顔に近いのかな、と思わせる話し方だった。

初めて井上さんが高橋大輔の練習を見た時の、
「スポーツと言うより、何かすてきなもの、すてきな表現を見ている」
と言う言葉にはうんうんと深く頷いた。
その時の井上さんの目がとても美しく、ついこちらまでも共にリンクサイドにいる様な気持ちになった。
心を動かされた時の俳優さんの表情と言うものは、万の言葉よりも多くを語るのだなと改めて感じた。

バイト先でもあだ名が王子になってしまったと言う天性の王子感溢れる井上さんに対して、自分を雑草と評していたけれど、雑草ではもちろん無いけど(笑)高橋大輔の方がやはり野性味があるのは事実で。
その野性味と言うのはやっぱりルックスに起因する所も大きいのかなとは思う。
でもなんと言うか、彼の持つ野生動物の様な鋭い、時に過敏にもなり得る感覚と言うか、見えてるものがみんなとは違う感じ。
普段穏やかなのに時折眼光が鋭くなるような所も、野性味を感じる原因なのでは無いかな、と思ったりした。

アスリートってあんまり思った事無いとか、スポーツそんなに好きじゃ無いとか、やっぱり面白い人だなぁと。
でも私は彼の演技を見ていて、いつも思うけれど、そのプログラムが激しかろうがエレガントであろうが、表現をするという事においては芸術に身を置いている人達と比較しても、尋常じゃない程のこだわりや情熱、己が身を焦がすのでは無いかと思う程にその存在を彼の中に感じる。
だから時々危ういと思ってしまうのかもしれない。

今おいくつでしたっけ、30歳にはなられたんだったでしたか。
相変わらず人当たりは柔らかい様にお見受けするけれども、以前に比べて彼の輪郭がはっきりとして来た様に感じた。
何かはわからないけれど、きっと心の中に固まって来たものがあるのでしょうね。

対談には関係無いけれど、この間のグランプリファイナルでパトリック・チャン選手のフリーの演技を見て、ジャンプは残念だったけれど、ふとした折に柔らかく空気を動かしているように見えて、とても美しいなと思った。
高橋大輔とトップ争いを繰り広げていた頃のチャン選手の演技には余りそのような感覚にはならなかったのだけども。
若い選手は若い選手の良さがあるけれど(って十分チャン選手も若いんだけど) 、フィギュアスケートと言うスポーツは年齢や経験が他のスポーツに比べてもっと大きな武器になって良いのではないかなと、チャン選手の演技を見てふと思った。

インタビューの合間でバンクーバーのフリー、最後のステップが流れた時、飽きるほど見た筈なのに総毛立ってしまって。
こんなスケーターにはきっともう出会えないだろうと、改めて思った。


文句を言わない女

流行、と言うものにほぼ無頓着で行きて来たのだけど、今私はその流行にめちゃくちゃ流されている。
「逃げるは恥だが役に立つ」いわゆる「逃げ恥」をここの所の唯一の癒しにしている。
主役のお二人、新垣結衣さんと星野源さんが何とも言えない清潔感があり、ある種の設定が無いと振る舞いができないと言う若者の不器用さをとても自然に演じていらして、テレビの前でかわいいなぁーと一人ニヤニヤしている。

ただこのドラマの秀逸な点は随所に現代を生きる女性、しかも若い女性に限らず感じている生きづらさや問題をパロディをうまく使いながらサラッと提示している所だ。
原作の漫画を読んでいないので、原作に忠実に再現しているのだとしたら、そのさじ加減が素晴らしいと思う。

大学院まで出たのに就活が上手くいかなかった主人公のみくり、バブル期に就職し結婚を選ばず仕事を選んだ叔母の百合ちゃん、デキ婚からの夫の浮気でバツイチになった友人のやっさん、産休が終わりこれからの家事育児仕事の三立に悩むみくりの兄嫁。
それぞれが今の社会であり得る状況の女性達で、視聴者は誰かの何かにとても自分を重ねやすい。
まあ、みくりの契約結婚はなかなか無いだろうけれど(笑)

特に叔母の百合ちゃんは、働く女性なら老いも若きもどこか必ず共感をしてしまう役所だ。
若いうちに結婚すれば腰掛けと言われ、産休で休めばどこかからため息が聞こえ、独身のまま働き続ければそれを揶揄される。
何もそれは異性からだけとは限らないし、同性からの方がキツい時すらある。
どんなに先進国を装っても、民主主義、男女雇用機会均等法などと掲げても、この国は女性をただ「働く」状態にはしてくれない。
着るものや気遣いに「女らしさ」を求められ、エスカレートすれば「母」的役割すら要請されるのだ。

問題なのは男性がそれを求めるばかりでなく、女性の中にもそれを利用したり、牽制しあったりする事だ。
職業によっては、美的感覚や女性の美しさを強調しなくてはいけないので、何から何までダメとは思わないけれど、あくまで職業上のテクニックであるべきだ。
社内での評価や人間関係に持ち込まれるべきでは無いのだ。

今の若い人達はどうか分からないけれど、ある年齢以上の男性は女性はいつ何時どんな場所でも女性としか捉えず、職場だろうと性別を後ろに回して一個人と捉える事がかなり難しいようである。
口ではセクハラだのパワハラだのと気にしているフリはするが、通常の態度に滲み出ている。
まあそれでも例えば自分が矢面に立って責任を被ると言う漢気でもあっての女扱いなら良いのだが、そう言う時は無関係無関心、面倒な処理をお任せしまーすと言わんばかりなのだから、心の中で突っ込まずには居られない(笑)

今大半女性は年月を経るにつれ、そうした環境にあっても、クサらず騒がず淡々と仕事をしていると思う。
騒いでもこればっかりは変わらないから。
染み付いた色が繰り返しの洗濯で褪せていくように、汚水が何度も濾過されて澄んでいくように、時間をかけていくしかないと私は思う。
ぶっちゃけて言えば、代替わりが何度かすれば消え掛けると思っている。

今の私にできる事は一番身近な将来を生きる男、息子に対し男性性と言うものを熟考してもらい、人に対しての態度を性別によって変えることの無い人になってくれるよう、手を替え品を替え伝える事くらいしかないけれど。

私達は「女」と「男」として生まれたわけではない。
「人」として生まれて、その後に性別がくっ付いているだけだ。
人として間違って居なければ、私達がそれぞれの道で選択する自由は、性別で縛られたり傷つけられたりするものでは絶対に無い。

わからない人達にはわからないままでいい。
その人達にもわからないまま生きる選択をする自由はあるのだから。
曖昧な笑顔を残して関わらなければ良いだけ。

こうであらねばならぬ、なんて形はどこにも無いんだから。
生きたその後にどんな形だったのか、やっと分かるのじゃないだろうか。

みくりやひらまささんの様に敬意を払って触れ合う内に、惹かれ合う者同士は惹かれ合うはずだから。
こうだから良い女、ああだから良い男とお互いに言い合うのはもうやめたいものです。

さよならだけが人生だ

何というかもう12月になってしまって。
今年は年明けからイエローモンキーの再集結に始まって、生活における楽しみの殆どをおじさん4人に費やしてしまった。
いや、後悔はしてないけど(笑)
まだこんなに心が動くんだ、と思えた事は嬉しかったけど、ついていかない体に年も感じたり(笑)
いつも嬉しさと哀しさは同時にやってくる、と言うことかな。

Stars Greeting in Hawaiiの放送を見た。
高橋大輔がTime to say goodbyeを滑った、と言うのはチラッと知って居たので、放送を楽しみにしていた。

こんな事を感じた理由はわからないけれど、私はTime to say goodbyeを滑る高橋大輔を見ていて、あどけない、と言う気持ちになった。
練習風景ではそんな風には感じなかったのに。

頼りない、とは全然違うのだけれども、まっさらと言うほどさっぱりした感じでもなく、もう少し柔らかくて。
知っている感じで一番近いのは、ひどい風邪を引いて数日高熱を出した後、ようやく熱が引いて朝方目を覚ましたら、昨日までの熱や痛みが嘘みたいに引いてた時の体がふわっと浮きそうな感覚と言うか。
朝日なんかが窓から見えて、ああ世界って綺麗だったんだなとまだぼんやりした頭で思う様な。

あの時の疲労した体で感じる、ある種の解放感と不思議な満足感に似ている気持ちになった。

それから、そのあどけない感じとは相容れない感想かもしれないのだけど、最後のステップに入る前、振り向いて腕をを広げる所を見た時、彼が両の手に何か率いている様に見えてしまって。
一瞬の事で、アレだし、別に所謂見える人とかでも無いし、単なる目疲れとかかもしれないけど。
でも何となくそういう役目な人なのかもしれないと、ちょっと納得してしまう私もいたりして。
実際今までだって色々と切り拓いてきて、今また新たに道なき道を行っているのだから。


そして市川染五郎さんとの氷艶のニュース。
思ってたより早いなー。
あるのかなぁとは思っていたけど、こんなに早くとは。
しかもリンクの上に舞台を作る形なのかと勝手に思っていたら、氷の上のみで全て行うとの事で。
なるほど、良いとこ取りはしないんですね。本来の意味でのコラボならば、確かにそうですよね。

なんか全てにおいて未知ですが、見に行きたいです!
でも!今回は歌舞伎のファンの方もいらっしゃる訳で!チケット取れる気が1ミリもない!!!

まあ、でも一般発売でなんとか!当てる気持ちで申し込みをしよう。
何にしろ申し込まなきゃね、当たらない訳だから…

今回初めてきちんとTime to say goodbyeの歌詞を調べて見たけれど、一人去っていくって言う曲では無いんだね。
愛する人とあなたと今旅立とう、と言う意味でのさようならだった

あぁ、なんか「夢の途中」の吉井和哉のカバーを聴きたくなってしまった。
さよならは別れの言葉じゃなくて…なんて。

私の愛はそんなに弱くない

THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 -SUBJECTIVE LATE SHOW- 11/25青森に行きました。
ツアータイトルが長いよね、うん。
とりあえず今回実感したのは、もう息子と遠出するのはイヤだ(笑)
ほんっっとに性格が合わない!親子なのに!
意見の一致が全くなくて、そうすると結局折れた方にフラストレーションが溜まっていくわけで。
まあ、もう年齢的にも中3なのでね、これで最後で良いかなと。
…つ、疲れた…(笑)

※以下若干公演の内容に触れる事があります。
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泣く

大きな大きな声をあげて

お前は泣く

何を尋ねても 首を振るばかりで

わんわんと泣き続ける

大好きなおもちゃも

好物のお菓子を差し出しても

一向に泣き止まない

時間はどんどん迫ってきて

おかあさん 仕事に行かなくちゃならないのよ

そう言って抱きしめても

お前は手足をばたつかせ

両の目からどこまでも透き通った涙が

尽きることなくこぼれていく

結局一緒になって

二人で泣いた

わんわん泣いた

私は今のまま くだびれたおばさんなのに
あの子はまだ小学校へ上がったばかりのような幼い子供だった

目が覚めたら 本当に泣いていた

女として

私達は生まれ

育ち

恋をして

つがい

また産む

何千年も前からその繰り返し

たったそれだけのことなのに

後から後から理由をつけて

初めにはなかった意味付けをして

今や全く複雑な

こんがらがった毛糸のようだ

世間様の言うことなんて

あっちとこっちに振り子が揺れるように無責任

私はただ

男で楽をするつもりもなければ

男で苦労するつもりもない

それだけだ


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